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デザインの体幹
Vol.1 ファシリテーション力
2015-05-21
棚橋弘季
ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』(1830年)
今日のテーマはファシリテーションなんですが、この絵からはじめてみました。

ドラクロワの有名な「民衆を導く自由の女神」です。とはいえ、「民衆を導く」という姿勢とファシリテーションを絡めて話したいから、
この絵を紹介しているわけではないんです。じゃあ、なぜか? その答えはあとでお話するとして、まず、今回、ファシリテーションを
テーマにあげた理由から話をしていきます。
なぜ、デザインの体幹の1つとして
ファシリテーション力 を取り上げたか?
デザインはひとりでするものじゃない!!
だから…
だから、デザインには     が重要になるBa
Ba
空間 コミュニティネットワーク
OpenCUというクリエイティブ文脈の人に向けた教育系ネットワークをもっていたり、
FabCafeという場を通じて
FabMeetUpなどのイベントを通じて、クリエイティブネットワークを広げる活動をしていたりもします。
デザインには     が重要Ba
こういった意味で
それゆえ、次の課題は…
自分のまわりにどのようにして
Baデザインのための を作っておくか?
になります。
Baそして、その をどう機能させるか?
ということになってきて、
つまり、
ファシリテーションが課題になります。
What’s Facilitation?
で、ファシリテーションってなんなのよ?っていう話ですが、
予想にもとづく の活性化力
What’s Facilitation?
Ba
予想力
人はそもそも予測をもとに行動すると言われています。予測をもとに次の行動を決める。交差点の影から誰か来るかもしれないと思った
らいったん止まる。そう思わなかったら止まらない。正確には人だけでなく、ほとんどの動物の行動原理に予測は関わっています。

アフォーダンスといった言葉がありますが、ドアノブなどをみて、人がそこを掴んでドアを開けようとするのも、実際に手をかける前に、
そこをつかめばドアが開くという予測が成り立つからであり、そうしたアフォーダンスが働くようドアとドアノブがデザインされている
からだったりします。
予想力
の活性Ba
この予測力を使って、場における創造力を高めていくための工夫をすること。
予想力
❶ 自分が Ba の次の動きを予測する
❷  Ba の参加者が次を予測できる
状態をつくる
の活性Ba
その工夫のためには大きく2つの方向で予想を使う必要がある。

1つめは自分

2つ目は参加者
Facilitation
いま(リアルタイム)
会議・イベント
プロジェクト
時代の流れ
の単位
どういう単位でファシリテーションを捉えるか?ですけど、よく話題になるのは、こういうイベントとか会議という単位でのファシリテー
ションですね。事前に準備することによるファシリテーションもあれば、その場その場での臨機応変なファシリテーションもある。でも、
もっと大きな単位でプロジェクト全体をどう成功に導くか?というファシリテーションもある。もっと短く、いま、リアルタイムに注目
しつつ、イベント単位やプロジェクト単位の計画を変更しながら、その場で流れを変えることもある。逆に、長いほうでは、時代の流れ
に対して、どんな立ち位置をとり、どう活動する?みたいなことも。

こういう様々な単位でのファシリテーションをどうするか?というときにやっぱり予想力を働かせるためには…
因果関係に関する知識量
これだと思うんです。ああなったらこうなるという因果関係のパターンをどれだけ知ってるか? 体にすりこまれるか?が結局、予想が
できるかの要因なんです。知らないパターンは予想できない。でも、これって勉強ももちろんもちろん必要なんだけど、それと同時に日
常の意識の使い方も大事。
混雑し、複雑な人の流れが絡み合う駅構内をどうスムーズに歩くか?
おなじように混雑した電車で、途中駅から乗ってくる人に対して、どう自分の体を配置し、乗れるスペースを空けるとともに、自分の立
ち位置を確保するか?
因果関係に関する知識量
どう増やすの?
そういう普段の心がけのなかで、自分のなかの知識量をどれだけ増やしておけるか?です。

というわけで、例の話をしましょう
ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』(1830年)
ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」です。最初に「民衆を導く」という姿勢とファシリテーションを絡めて話したいから、この絵を
紹介しているわけではないといいました。じゃあ、なぜ、この絵を出したか? ここをみてください。女神の足元を。
ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』(1830年)
女神の足元。よくみてください、自由の女神が民衆をひきつれて行進する足元には屍体が転がっています。ドラクロワはわざわざ、この
悲惨な様子を描いているんですね。そして、他にもそういう絵を実はたくさん描いてるんです。
ドラクロワ『サルダナパールの死』(1827年)
アッシリア王サルダナパールの最期を描いた歴史画。

軍の敗北に際し、サルダナパールが財産を破壊し愛妾を殺害するよう命じ、自身で火をつけたシーンを描いた絵。

ベッドの上に裸の女性が横たわり、無表情なサルダナパールに命乞いをしているところや、そのサルダナパールは自分の世俗の財産が破
壊されるのを眺めていたりする。
ドラクロワ
『キオス島の虐殺』(1823-24年)
1822年の数ヶ月間、オスマントルコ統治のギリシアのキオス島で、独立派らを鎮圧するため、トルコ軍兵士が一般住民を含めて虐殺した
事件を描いた絵。

トルコ人兵士が騎乗より全裸のギリシア女性を陵辱している部分、死んだ母親に寄り添う幼児、それを呆然と見守るギリシア人の人たち
が、ひとつのキャンバスに描かれている。
ロマン主義
このドラクロワに代表される、18世紀後半から19世紀の前半にかけての芸術運動であるロマン主義においては、それまで美的な視点でと
らえられることがなかった殺戮や殺人、泥棒などの悪事、フランケンシュタインやドラキュラなどの怪物、体にあらわれた病気の痕跡や
狂人などの精神的な病症、 怠感や怠惰などに積極的に美が見出され、絵画や文学、演劇などの作品として表現されます。
こうやってやつは私を連れて行く、
神の目を遠く離れて、息を切らせ 
へとへとに疲れ切っているのを、そ
のまま底知れぬ荒涼とした、「 怠」
の荒野の真只中へ。
そして私のうろたえ果てた目の中に
ほうりこむのだ よごれた衣服、ぱっ
くりとあいた傷口、さらには「破壊」
の使った血まみれの道具を!
ボードレール「破壊」『悪の華』所収
例えば、ボードレールのその名もロマン派的な「悪の華」。

「底知れぬ荒涼とした 怠の荒野」だとか「よごれた衣服」や「ぱっくりあいた傷口」、「血まみれの道具」などが「華」として描かれ
る。
ロマン派にとって美は、まさに美を
否定するとおもわれる特質、つまり
恐ろしい事物によっていっそう美し
いとされるのであった。
悲しげであればあるほど、苦しげで
あればあるほど、美は深い味わいを
もつのである。
マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』
ロマン主義の芸術を論じたプラーツの『肉体と死と悪魔』には、こんな風に書かれています。
ロマン主義
それが19世紀前半までのロマン主義的芸術。
自然主義
写実主義
19世紀も後半になると、自然主義や写実主義への流れは変わります。

よりありのままを正確に描き出そうとする流れが生まれてきます。

ありのままを正確に。それは自然主義が自然科学主義だったように、ありのままの正確さは科学に影響を受けているんですね。
ウィリアム・フリス『ダービーの日』(1856-58年)
例えば、ウィリアム・フリスというイギリスの画家のこんな絵。

王女の一人が「ママ、こんなに大勢の人、これまで見たことないわ」と言ったのに対して、ヴィクトリア女王が「ばかね、これ以上の人
をしょっちゅうみてるじゃない」と答えたところ、王女は「でも、絵の中ではないわ」と言ったと伝えられる絵です。ダービーに集まる
人々の様子を描いた写実画としてとらえられますが、拡大してみると…
ウィリアム・フリス『ダービーの日』(1856-58年)
誰もがぎこちないポーズをとらされているのに気づきます。

つまり、絵になるポーズをさせられたのち、絵にされている。

17世紀頃からはじまったピクチャレスクの流れが、大衆を対象になるまでになったとき、絵になる飼いならされた人生が描かれるように
なる。
ブランチャード・ジェロルド著、ギュスターブ・ドレ画『ロンドン』(1872年出版)より
もともとピクチャレスクは、かつてはイギリスの画家がイタリアの風景に憧れて描いたのをはじまりとして、どちらかというと自然の光
景や牧歌的な景色を対象にすることが多かったのですが、ロマン主義を経た美的価値観の広がりもあり、都市のよごれた光景もピクチャ
レスク=絵になる対象として発見されます。

ギュスターブ・ドレが挿絵を担当した『ロンドン』という本のように。

そして、この文章を担当したブランチャード・ジェロルドがとても興味深いことをいっています。
彼らの貧しさにはピクチャ
レスクなものは何ひとつな
い。
イギリスの群衆は世界中で
最も醜いと言ってよいかも
しれない。なぜなら、貧し
い人々は金持ちの衣装を真
似るだけだからである。
ブランチャード・ジェロルド
貧しい田舎の人は絵にならないというのですが、その理由は彼らが田舎っぽい格好をしていないからだというんですね。農民なら農民ら
しい格好、労働者なら労働者っぽい格好をせずに、都会の金もちに似た格好をしてる。だから、田舎の風景を描くのにふさわしくないと
いうんですね。

そして、この時代、ピクチェレスクな絵を描くために、農民に農民らしい格好をさせて描いたなんて話も聞かれるわけです。
やらせ映像
いまの「やらせ映像」とかにもつながる話ですよね。

もっともらしく、かつ、よい意味でもわるい意味でも人々の興味関心を刺戟する映像をつくることも、このピクチャレスクの延長といっ
てよいと思います。
プレゼンでの動画使用
いまプレゼンなどでもムービーを使うケースが多いですよね。それもおなじだと思います。

より多くの人がわかりやすい状態を提示して、イベント参加者が入り込みやすい状態をつくる。

議論を起こしやすい、という意味では、炎上をつかって話題や議論をひきつけるといった手法も、この流れ。
ピクチャレスク
人々の関心をひけるようわかりやすい「絵になる」状態をつくる。

たとえ、それが殺戮のようなものでも、恐怖でも、群衆の怠惰な日常でも、いったん絵となり、それが一般にも認識可能になっていくと
き、それは議論の対象だったり、人がなんらかのひっかかりを感じ取るきっかけになるような意味をもつようになる。
ピクチャレスク
視覚と意味の因果関係
ピクチャレスクって、そうした視覚表現技術と意味形成の因果関係構築の運動の歴史的事象だと思うんです。

つまり、ファシリテーションにとって大事な予想力につながる因果関係を動かす1つの要素です。

こうしたことを知ってるかどうかでも、長期的な単位でのファシリテーションができるかどうかが変わってくる。

19世紀のピクチャレスクとファシリテーションの関係が見えてきたでしょうか?
では、最後に。田舎の平凡な結婚生活に んだ若い女主人公エマ・ボヴァリーが、不倫と借金というきわめてロマン主義的生活の末に追
い詰められ、自殺するまでを描いた『ボヴァリー夫人」が代表作のフローベルはロマン主義の終わりを描いたという意味においても、自
然主義の代表的作家のひとりなんですが、そのフローベルにこんな「紋切型辞典」っていう本があります。

紋切り型。ようは人々が認識する表象と意味という因果関係のパターンを集めたものです。フローベルはこうしたものの組み合わせで小
説は書けるって考えていたんです。こうしたパターンの蓄積とそれを自動的に組み合わせることができる仕組みがあれば、誰でも、いや
機械的にも小説は書ける、と。このへんが自然主義、自然科学主義的な思考なんですね。

でも、僕らがいま考えるべきは、こうした因果関係のパターンの量をもつということかなと思います。
ウィリアム・フリス『鉄道駅』(1866年)
これはフリスの「鉄道駅」という作品。いまの駅構内同様、人々で混み合っています。

このフリスのようにみなさんも日々、駅などの人間模様を観察してファシリテーション力を高めてください。

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