心理検査のやり方、伝え方
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を解釈する際にも、検査行動を意味づける際にも、
そして何らかの課題や状況を設定する際にも、検
査者の思考をガイドする役割を果たしうる。こう
した心理学的素養によって、心理検査は単なる測
定を超え、検査状況で誘発される症状や行動を記
述するための方法となるのである。さらには、心
理検査による測定と記述に対して、理論的なモデ
ルから説明を加えることも可能になる。
こうした考え方は心理検査の選択にも影響をお
よぼす。医療機関では、主治医からの検査依頼に
応じて心理検査を行なうことがしばしばである。
その際、特定の心理検査を依頼される場合もあれ
ば、実施目的のみの依頼を受ける場合もある。特
に後者の場合は、自らtest batteryを構成する必
要に迫られることになる。そのためには、知りた
いことと、それを知るための方法を特定するため
の専門的知識を持つことが必要となる。ここでも
また、その検査が何を検出するのか、そしてそれ
はなぜか、という、概念や機能と測定とのつなが
りを理解することが役に立つだろう。特に、査定
の対象となる機能や病態に関する心理学的モデル
を理解しておくと、それを根拠とした検査選択が
可能になる。
以上、心理検査のやり方として、選択・実施・
解釈に関係する議論を展開してきた。こうした手
続きを通して、その患者に固有の病理モデルを仮
説的に構成し、そのモデルから生活機能を予測・
説明するのと同時に、そこから何らかの診断的情
報や、治療への示唆を発見することができれば、
心理検査がもたらす情報を十分に利用できたと言
えるだろう。
(3)心理検査の伝え方
心理検査の仕事は、検査を実施するだけでは終
わらない。検査結果やその解釈が、受け手に伝わっ
てはじめて、心理検査という営みは社会的意味を
持つのである。ここでは「受け手」を、依頼者お
よび当事者と定義する。すなわち、主治医が依頼
者であれば、主治医に検査所見をフィードバック
することが最低限の仕事である。一方、当事者に
結果をフィードバックする場合には、それをどの
ように行なうのが良いのか、考えておく必要があ
る。ここでは、両者に対するより良いフィード
バックのあり方を考えるために、筆者の臨床経験
と、そこから得られたアイデアを紹介する。ここ
に挙げるのは、あくまで一介の若手臨床心理士に
よる経験であるから、その妥当性や有益性、そし
て一般化の可能性に関する評価は、賢明なる読者
の見識に委ねたいと思う。さらに言えば、ここに
提示する「心理検査の伝え方」よりも優れた方法
が、読者から提案されることを望むものである。
まず、依頼者へのフィードバックについて議論
していく。ここでは特に筆者が経験した失敗と、
そこから得た教訓を書き連ねたいと思う。筆者
は、単科精神科病院の臨床心理士として心理検査
を行ってきた。その勤務開始当初は、依頼される
がまま検査を実施し、カルテに所見をはさみこみ、
その仕事を終えていた。そんなある日、検査所見
がそのままの形で患者の手に渡っているケースが
あることを知った。患者は手渡された所見に対し
て否定的な感情を顕にしたのだという。検査所見
は、その性質上、患者の病理的側面に焦点を当て
たものになりがちであるから、そうした反応も無
理からぬものである。ここから2つの教訓を得た。
1つ目の教訓は、主治医に検査結果の説明をする
必要があったということ、2つ目の教訓は、患者
に手渡す資料を別に用意する必要があったという
ことであった。
勤務1年目も後半に入り、心理検査の実施依頼
も増えていったが、ときに依頼の意図が十分に理
解できないことがあった。検査の実施前に「この
患者にロールシャッハ法を行なう必要があるのだ
ろうか。陰性症状が顕著な慢性期の統合失調症患
者であるから、おそらく反応数が少なく、形態反
応優位のプロトコルとなることは目に見えている
のではないか」などと考えていたことが思い出さ
れる。しかし、そのことを主治医に伝えることも
なく、筆者はただただ依頼された通りに検査を実
施した。そして結果が予測した通りだった際には、
「この検査を取ったことで、新たに得られた情報
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せるよう配慮したい。とはいえ、心理検査の解釈
はあくまで確率論的なものであり、仮説的なもの
に過ぎないということを忘れてはならないと思う。
実際、その解釈はまったく的はずれなものかもし
れないのである。よって筆者は、こちらが提示す
る解釈を当事者とともに検討し、当事者からも情
報を提供してもらうことを重視している。
心理検査のフィードバックでは、検査結果の理
解を促進することが第一の目的となるだろう。こ
の目的を果たすためには、当事者の理解を確認し
ながらフィードバックを進める必要がある。もう
一歩踏み込んだ目的は、検査結果を題材として、
自己理解を促すことである。これはすなわち、検
査結果と当事者自身の生活場面を繋げていくこと
に他ならない。もうひとつ目的を挙げるとしたら、
検査結果を心理療法の題材とすることであろう。
次に、筆者が当事者へのフィードバックを行な
う際の、標準的な手順を紹介する。まず準備段階
として、当事者向けの分かりやすい資料を作成し
ておく。その際、主訴やニーズを念頭に置き要点
を絞るのと同時に、当事者の病理的な側面と健
康的な側面を織り交ぜた内容にしていく。次に、
フィードバックの予定を立てることになるが、可
能な限り、フィードバックのためだけのセッショ
ンを設定するのが良いように思われる。そして実
際のフィードバック・セッションに望む際には、
資料を渡す前に以下のような教示を行なう。「色々
なデータや研究に基づいて解釈したが、あくまで
仮説である。一緒にこれを検討し、解釈を完成さ
せていこう」。そのうえで資料を渡し、ざっと読
んでもらったうえで、感想についてオープンに尋
ねる。その際、疑問やアイデアがあれば、どんな
小さなことでも話すよう促す。そして、検査結果
のなかで自分に当てはまらない部分を問うことで、
検査結果に対する否定的な発話を奨励する。なぜ
なら、心理検査と検査者自身が、ある種の権威性
を帯びているように見られることも少なくないか
らである。権威によって疑問を封殺するのでは、
先述の目的を果たすことは難しい。そのため、否
定的な見解を歓迎することで、そうした発話を強
化し、権威性を乗り越えた先にある理解を目指す
のである。
さらに、こうしたやり取りのなかで新たに明ら
かにされた情報を、最初に手渡した資料へと書き
込んでもらう。そうして完成した結果と、最初の
結果を見比べてもらい、その感想を問う。その過
程で、自然とそういう流れになった際には、心理
療法への導入も視野に入れつつ、ホームワークの
設定を試みる場合もある。
当事者へのフィードバック過程においては、と
きには検査者が自分の解釈に固執せず、当事者の
意見を取り入れる柔軟性を示すのが肝要だと、筆
者は考えている。当事者の感じる「主観的な正し
さ」の感覚が、真の正しさを反映しているとは限
らない。しかし、心理療法におけるそれと同様に、
心理検査の解釈もまた、準備のあるところにのみ
届くのである。当事者が検査結果を自身の生活に
活かすことをフィードバックの目的とするなら、
どちらの見解が正しいのかと張り合うことにさほ
ど意味はないし、実際、当事者の方が正しい場合
もあるに違いないのである。それを考えると、逆
説的ではあるが、当事者から「教えて頂く」姿勢
を維持することが、当事者へのフィードバックに
おけるコツだとすら言えるのではないだろうか。
以上、心理検査の伝え方について、依頼者への
フィードバックと、当事者へのフィードバックと
いう2点に焦点を絞って私見を述べた。心理検査
のやり方に関する議論とあわせて、この論文が少
しでも読者の参考になれば幸甚である。
【文 献】
Golden, C. J., Espe-Pfeifer, P., & Wachsler-Felder, J. (2000).
Neuropsychological interpretation of objective
psychological tests. New York: Kluwer Academic/
Plenum Publishers.
Meyer, G. J., & Archer, R. P. (2001). The hard science of
Rorschach research: What do we know and where
do we go? Psychological Assessment, 13 (4), 486-
502.
Sims, A. C. P. (2003). Symptoms in the mind :an introduction
to descriptive psychopathology. UK: Elsevier
Health Sciences,